軌道角運動量とスピン角運動量を合成したときの固有関数とエネルギーシフト
この前、軌道角運動量とスピン角運動量の合成方法を復習したね。その時に、合成後の量子数 $n, l, j, m_j$ で指定した固有関数と、元の量子数の組み合わせ $n, l, m, s_z$ の固有関数との関係には触れてなかったね。この関係は、合成後の角運動量 $\hat{\boldsymbol{J}} = \hat{\boldsymbol{L}}+ \hat{\boldsymbol{S}}$ を用いた昇降演算子 $\hat{J}^{\pm} = \hat{J}_x \pm i \hat{J}_y$ を用いて計算することができるよ(クレプシュ―ゴルダン係数)。さらにスピン―軌道相互作用を考慮したエネルギー準位を計算した結果(エネルギーシフト)も列挙するよ($n=1,2,3$)。
「スピン-軌道相互作用」を復習しよう!
前回、スピン角運動量で生み出されるスピン磁気モーメントを考慮して、静磁場を加えた場合の水素原子のエネルギーシフト「異常ゼーマン効果」を復習したね。実は、スピン磁気モーメントは、軌道磁気モーメントと直接相互作用して、「スピン-軌道相互作用」と呼ばれるエネルギーシフトが生じるよ。今回は、この相互作用の表式を導出するよ。
電子の周りを回る電子で生み出される磁場
古典電磁気学によると、電子の周りを回る電子は磁場を生み出すね。この磁場は、原点に磁気双極子モーメント $\boldsymbol{M}$ が原点に存在することで生じる磁場と等価だね。
位置 $\boldsymbol{r}$ における磁場は
\begin{align}
\boldsymbol{B}( \boldsymbol{r} ) = \frac{\mu_0}{4\pi} \left[ \frac{3\boldsymbol{M}\cdot\boldsymbol{r}}{r^5} \boldsymbol{r} – \frac{\boldsymbol{M}}{r^3} \right]
\end{align}
となるね。この磁場と電子のスピン磁気モーメントとの相互作用を考えるので、$\boldsymbol{r}$ を電子の位置ベクトルとすると、$\boldsymbol{M}\cdot\boldsymbol{r} = 0$ だよね。そして、この $\boldsymbol{M}$ を軌道磁気モーメント $\hat{\boldsymbol{M}}_L = -e\hat{\boldsymbol{L}}/2m_e$ で置き換えると
\begin{align}
\boldsymbol{B}( \boldsymbol{r} ) = -\frac{\mu_0}{4\pi}\, \frac{\hat{\boldsymbol{M}}_L}{r^3} =\frac{\mu_0 e}{8\pi r^3m_e }\hat{\boldsymbol{L}}
\end{align}
となるね。これが、原子の位置に軌道磁気モーメントをおいた場合に、電子の位置で生じる磁場の表式になるね。この磁場と電子のスピン磁気モーメントが相互作用することで、エネルギーは $ \Delta E = – \langle \hat{\boldsymbol{M}}_S \cdot \boldsymbol{B} \rangle$ だけシフトするね。なので、ハミルトニアンは次のようになるね。
\begin{align}
\hat{H} = \hat{H}_0 + \hat{H}_{LS}=\hat{H}_0 – \boldsymbol{M}_S \cdot \boldsymbol{B} = \hat{H}_0 + \frac{g\mu_0 e^2}{16\pi r^3m_e^2 }\hat{\boldsymbol{S}}\cdot\hat{\boldsymbol{L}}
\end{align}
ランデのg因子を「2」、$\mu_0$ を光速との関係式 $c^2 = 1/\epsilon_0\mu_0$ で書き直すと
\begin{align}
\hat{H} = \hat{H}_0 – \boldsymbol{M}_S \cdot \boldsymbol{B} = \hat{H}_0 + \frac{e^2}{8\pi \epsilon_0 c^2 r^3 m_e^2 }\hat{\boldsymbol{S}}\cdot\hat{\boldsymbol{L}}
\end{align}
となるね。こちらの方が一般的な表式だね。
$\hat{\boldsymbol{S}}\cdot\hat{\boldsymbol{L}}$ の固有状態
「スピン-軌道相互作用」項の $\hat{\boldsymbol{S}}\cdot\hat{\boldsymbol{L}}$ は、
\begin{align}
2\hat{\boldsymbol{S}}\cdot\hat{\boldsymbol{L}} = (\hat{\boldsymbol{S}} + \hat{\boldsymbol{L}})^2 – \hat{\boldsymbol{S}}^2 – \hat{\boldsymbol{L}}^2
\end{align}
と変形できて、右辺の各項 $\hat{\boldsymbol{J}}^2 = (\hat{\boldsymbol{S}} + \hat{\boldsymbol{L}})^2, \hat{\boldsymbol{S}}^2, \hat{\boldsymbol{L}}^2$ と、$\hat{J}_z = \hat{S}_z + \hat{L}_z$ は互いに交換するから、
これらの固有関数となる量子数、$j , s, l, m_j$ を用いた、同時固有関数 $\varphi_{jlm_js}$ 固有状態となるね。
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{S}}\cdot\hat{\boldsymbol{L}} \varphi_{jlm_js} = \frac{\hbar^2}{2} \left[ j(j+1) – l(l+1) – s(s+1) \right] \varphi_{jlm_js}
\end{align}
ただし、電子のスピンの大きさは「1/2」なので $s = 1/2$ だね。また、角運動量の合成の議論から $ l – 1/2 \leq j \leq l + 1/2 $ ($j \geq 0$)、$ -(l + 1/2 ) \leq m_j \leq l + 1/2 $ となるよ。
スピン-軌道相互作用を含めたハミルトニアンの固有状態
スピン-軌道相互作用のハミルトニアンに固有関数 $\varphi_{jlm_j}$ ($s$は$1/2$で固定なので省略)を作用させた結果は
\begin{align}
\hat{H}_{LS} \varphi_{jlm_j}=\frac{\hbar^2e^2}{16\pi \epsilon_0 c^2 r^3 m_e^2 }\left[ j(j+1) – l(l+1) – \frac{3}{4} \right]\varphi_{jlm_j}
\end{align}
となるね。右辺の係数に $r$ 依存性があるけど、$\varphi_{jlm_j}$ が固有関数になっているね。スピン-軌道相互作用項のエネルギー固有値は
\begin{align}
\hat{E}_{LS} =\frac{\hbar^2e^2}{16\pi \epsilon_0 c^2 m_e^2 }\left[ j(j+1) – l(l+1) – \frac{3}{4} \right] \int \varphi_{nljm_j}^*\,\frac{1}{r^3}\, \varphi_{nljm_j} dV
\end{align}
となるね。固有関数の空間積分を具体的に計算することで、具体的な値が決定できるね。次回はエネルギー固有値を調べてみよう!
静磁場とスピン磁気モーメントとの相互作用(異常ゼーマン効果)を復習しよう!
原子の周りを回る電子は軌道角運動量を持ち、そしてこれに付随した軌道磁気モーメント
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{M}}_L = – \frac{e}{2m_e} \hat{\boldsymbol{L}}
\end{align}
を持つことは、この前復習したね。一方、スピン角運動量もスピン磁気モーメントって呼ばれる同様の磁気モーメント
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{M}}_S = – g\frac{e}{2m_e} \hat{\boldsymbol{S}}
\end{align}
を持つよ。$g$ はランデのg因子と呼ばれ、粒子の種類ごとに固有の値をとるよ。
ランデのg因子の値
電子のg因子の値は、ディラック方程式から導かれる値が「$2$」、量子電磁気学的効果を含めると「$2.0023193044$」だよ。また、陽子と中性子のg因子は実験的にそれぞれ、次の値となることがわかっているよ。
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{M}}_p &= g_p\frac{e}{2m_e} \hat{\boldsymbol{S}}_p \ , \ \ g_p = 2\times2.7928 \\
\hat{\boldsymbol{M}}_n &= g_n\frac{e}{2m_e} \hat{\boldsymbol{S}}_p \ , \ \ g_n = -2\times1.9130
\end{align}
静磁場とスピン磁気モーメントの相互作用
軌道角運動量で生じる軌道磁気モーメントは静磁場と相互作用することでエネルギーがシフトしたね(正常ゼーマン効果)。スピン角運動量で生じるスピン磁気モーメントも静磁場と相互作用することでエネルギーがシフトするよ。これは異常ゼーマン効果と呼ばれるよ。静磁場とスピン磁気モーメントの相互作用はg因子を「2」として
\begin{align}
\hat{H}_S = -\boldsymbol{B}\cdot\hat{\boldsymbol{M}}_S = \frac{e}{m_e} \boldsymbol{B} \cdot \hat{\boldsymbol{S}}
\end{align}
これを、静磁場中の水素原子の電子のハミルトニアンに加えると、
\begin{align}
\hat{H} = \hat{H}_0 + \frac{e}{2m_e} \boldsymbol{B}\cdot \left( \hat{\boldsymbol{L}} + 2 \hat{\boldsymbol{S}} \right)+ \frac{e}{2m} \boldsymbol{A}^2
\end{align}
となるね。これが、軌道磁気モーメントとスピン磁気モーメントを考慮した場合の静磁場中のハミルトニアンだね。ちなみに、このハミルトニアンに対する時間に依存するシュレディンガー方程式
\begin{align}
i\hbar \frac{\partial }{\partial t} \Psi = \left[\hat{H}_0 + \frac{e}{2m_e} \boldsymbol{B}\cdot \left( \hat{\boldsymbol{L}} + 2 \hat{\boldsymbol{S}} \right)+ \frac{e}{2m} \boldsymbol{A}^2\right]\Psi
\end{align}
はパウリの方程式って呼ばれるよ。
正常ゼーマン効果・異常ゼーマン効果によるエネルギー準位の変化
静磁場の向きをz軸に取るよ。そして、静磁場が弱い場合には、$\boldsymbol{A}^2$ の項は無視することができるので、次の固有方程式を満たすよ。
\begin{align}
\left[ \hat{H}_0 + \omega_L \left( \hat{L}_z + 2 \hat{S}_z \right) \right] \varphi_{nlms_z} = E \varphi_{nlms_z}
\end{align}
$\omega_L =eB_z/2m_e$ (ラーモア角振動数)とおいているよ。この固有方程式は、固有関数の量子数を $n, l, m, s_z$ と設定することですでに解けているよ。固有関数 $\varphi_{nlms_z}$ の固有値は次のとおりだよ。
\begin{align}
E = E_n + \hbar \omega_L ( m + 2s_z)
\end{align}
$E_n$ は外場が無い場合のエネルギー準位だよ。エネルギーが小さい順番に、$E_n$ からのズレを表にまとめるよ($n=1\sim 3$)。ランデのg因子の値を「2」とした場合、エネルギー準位は主量子数で決まるエネルギーを基準として、$\hbar \omega_L$ の整数倍だけずれるね。
そして、エネルギー縮退が生じている準位が存在しているね。
$n$ | $\Delta E$ | 固有状態 |
---|---|---|
$1$ | $-\hbar \omega_L$ | $\varphi_{100\downarrow}$ |
$\hbar \omega_L$ | $+\varphi_{100\uparrow}$ | |
$2$ | $-2\hbar \omega_L$ | $\varphi_{21-1\downarrow}$ |
$-\hbar \omega_L$ | $\varphi_{200\downarrow}$ $\varphi_{210\downarrow}$ | |
$0$ | $\varphi_{21+1\downarrow}$ $\varphi_{21-1\uparrow}$ | |
$+\hbar \omega_L$ | $\varphi_{200\uparrow}$ $\varphi_{210\uparrow}$ | |
$+2\hbar \omega_L$ | $\varphi_{211\uparrow}$ | |
$3$ | $-3\hbar \omega_L$ | $\varphi_{32-2\downarrow}$ |
$-2\hbar \omega_L$ | $\varphi_{32-1\downarrow}$ $\varphi_{31-1\downarrow}$ | |
$-\hbar \omega_L$ | $\varphi_{300\downarrow}$ $\varphi_{310\downarrow}$ $\varphi_{320\downarrow}$ $\varphi_{32-2\uparrow}$ | |
$0$ | $\varphi_{31+1\downarrow}$ $\varphi_{31-1\uparrow}$ $\varphi_{32+1\downarrow}$ $\varphi_{32-1\uparrow}$ | |
$+\hbar \omega_L$ | $\varphi_{300\uparrow}$ $\varphi_{310\uparrow}$ $\varphi_{320\uparrow}$ $\varphi_{32+2\downarrow}$ | |
$+2\hbar \omega_L$ | $\varphi_{32+1\uparrow}$ $\varphi_{31+1\uparrow}$ | |
$+3\hbar \omega_L$ | $\varphi_{32+2\uparrow}$ |
軌道角運動量とスピン角運動量の合成を復習しよう!
原子の周りの軌道を回っている電子には、軌道角運動量とスピン角運動量の2つの角運動量が存在することは、これまで復習したね。
この2つの角運動量を考慮したときの固有状態がどのようになるかを復習しよう。
軌道角運動量演算子とスピン角運動量演算子の和:全角運動量演算子
軌道角運動量演算子 $\hat{\boldsymbol{L}}$ とスピン角運動量演算子 $\hat{\boldsymbol{S}}$ の和は全角運動量演算子と呼ばれ、全角運動量演算子は $\hat{\boldsymbol{J}} = \hat{\boldsymbol{L}} +\hat{\boldsymbol{S}} $ と表されるよ。
もともと $\hat{\boldsymbol{L}}$ と $\hat{\boldsymbol{S}}$ は交換するため、これらは $\hat{\boldsymbol{J}}$ とも交換するね。
また、$\hat{\boldsymbol{J}}$ の各成分を $\hat{J}_x, \hat{J}_y, \hat{J}_z$ と表すと
\begin{align}
[\hat{J}_x, \hat{J}_y] &= [\hat{L}_x, \hat{L}_y] + [\hat{S}_x, \hat{S}_y] = i\hbar \hat{J}_z \\
[\hat{J}_y, \hat{J}_z] &= [\hat{L}_y, \hat{L}_z] + [\hat{S}_y, \hat{S}_z] = i\hbar \hat{J}_x \\
[\hat{J}_z, \hat{J}_x] &= [\hat{L}_z, \hat{L}_x] + [\hat{S}_z, \hat{S}_x] = i\hbar \hat{J}_y
\end{align}
という、角運動量の通常の交換関係を満たすね。
また、$\hat{J}_z$ と $\hat{\boldsymbol{J}}^2$ は交換することも示すこともできて、それぞれの固有値を $ m_j\hbar$ と $j(j+1) \hbar^2$、同時固有関数を $\varphi_{jm_j}$ として、
\begin{align}
\hat{J}_z \varphi_{jm_j} &= m_j \hbar \varphi_{jm_j} \\
\hat{\boldsymbol{J}}^2 \varphi_{jm_j}&= j(j+1) \hbar^2 \varphi_{jm_j}
\end{align}
と表されるね。この同時固有関数 $\varphi_{jm_j}$ は、軌道角運動量演算子とスピン角運動量演算子を合成した新しい全角運動量演算子に対する正しい固有関数になっているよ。
この新しい量子数 $j$ と $m_j$ は、方位量子数 $l$ に対して次の半整数値を取るよ。
\begin{align}
\left|l – \frac{1}{2}\right| \leq &\ j \leq l + \frac{1}{2} \\
– \left(l + \frac{1}{2} \right) \leq &\ m_j \leq l + \frac{1}{2}
\end{align}
ただし、$j \geq 0 $ だよ。
これまで、水素原子の電子の固有状態はこれまでは主量子数 $n$、方位量子数 $l$、磁気量子数 $m$ の3つの量子数で指定することができたけれども、
スピン角運動量を導入して上記の固有状態を用いると、$n$ と $j$ と $m_j$ の3つの量子数ですべての状態を指定することができるよ。
水素原子中の電子の固有関数
上記の規則に則って、主量子数1から3までの固有状態をリスト化するよ。
$n$ | $l$ | $j$ | $m_j$ | 記号 |
---|---|---|---|---|
$1$ | $0$ | $\frac{1}{2}$ | $ -\frac{1}{2}$ | $^{1}S_{\frac{1}{2}}$ |
$ \frac{1}{2}$ | ||||
$2$ | $ 0$ | $\frac{1}{2}$ | $ -\frac{1}{2}$ | $^{2}S_{\frac{1}{2}}$ |
$ \frac{1}{2}$ | ||||
$ 1$ | $\frac{1}{2}$ | $ -\frac{1}{2}$ | $^{2}P_{\frac{1}{2}}$ | |
$ \frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{3}{2}$ | $-\frac{3}{2}$ | $^{2}P_{\frac{3}{2}}$ | ||
$-\frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{3}{2}$ | ||||
$3$ | $ 0$ | $\frac{1}{2}$ | $ -\frac{1}{2}$ | $^{3}S_{\frac{1}{2}}$ |
$ \frac{1}{2}$ | ||||
$ 1$ | $\frac{1}{2}$ | $ -\frac{1}{2}$ | $^{3}P_{\frac{1}{2}}$ | |
$ \frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{3}{2}$ | $-\frac{3}{2}$ | $^{3}P_{\frac{3}{2}}$ | ||
$-\frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{3}{2}$ | ||||
$ 2$ | $\frac{3}{2}$ | $-\frac{3}{2}$ | $^{3}D_{\frac{3}{2}}$ | |
$-\frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{3}{2}$ | ||||
$\frac{5}{2}$ | $-\frac{5}{2}$ | $^{3}D_{\frac{5}{2}}$ | ||
$-\frac{3}{2}$ | ||||
$-\frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{1}{2}$ | ||||
$\frac{3}{2}$ | ||||
$\frac{5}{2}$ |
電子が持つ内部自由度「スピン角運動量」を復習しよう!
電子は原子の周りの軌道を回っているね。この運動は軌道角運動量という物理量で表すことができるんだったね。
一方、電子にはスピン角運動量と呼ばれる、古典力学の自転に対応する物理量が存在するよ。
このスピン角運動量の任意の成分が、不思議にも$\hbar/2$あるいは$-\hbar/2$のどちらかの値しか取り得ないことがシュテルン―ゲルラッハの実験にて示されたんだったね。
通常、スピン角運動量のz成分が$\hbar/2$の状態を「上向きの状態」、$-\hbar/2$の状態を「下向きの状態」とするよ。
このように2つの状態しか取り得ないスピンは「スピン1/2の系」とも呼ばれるよ。
なお、スピン角運動量は角運動量の一種だけれども、軌道角運動量とは独立した量だよ。
スピン1/2の系の数理
スピン角運動量は $\hat{\boldsymbol{S}}$ と表し、通常の角運動量の同様の取り扱いを行うことができるよ。
スピン角運動量の交換関係
\begin{align}
[\hat{S}_x, \hat{S}_y] = i\hbar \hat{S}_z \ , \ \
[\hat{S}_y, \hat{S}_z] = i\hbar \hat{S}_x \ , \ \
[\hat{S}_z, \hat{S}_x] = i\hbar \hat{S}_y
\end{align}
スピン角運動量の固有状態
スピン角運動量のz成分を $\hat{S}_z$ 、その固有値を $\pm\hbar/2$ 、対応する固有関数を $\alpha$ と $\beta$ と表すと、次の関係があるね。
\begin{align}
\hat{S}_z \alpha &= \frac{\hbar}{2} \alpha \\
\hat{S}_z \beta &= -\frac{\hbar}{2} \beta
\end{align}
一般に、角運動量 $\boldsymbol{L}$ の大きさを $l$ とした場合、$\boldsymbol{L}^2 \varphi_{lm} = l(l+1)\hbar^2 \varphi_{lm}$という関係があったので、
スピン角運動量も同様な関係(スピンの角運動量の大きさは$s=1/2$)
\begin{align}
\hat{\boldsymbol{S}}^2 \alpha &= s(s+1) \hbar^2 \alpha =\frac{3}{4}\hbar^2 \alpha\\
\hat{\boldsymbol{S}}^2 \beta &= s(s+1) \hbar^2 \beta =\frac{3}{4} \hbar^2 \beta
\end{align}
が存在するよ。
パウリのスピン行列
スピン角運動量の2つ固有関数を
\begin{align}
\alpha = \left(\matrix{ 1\cr 0} \right) \ , \ \ \beta = \left(\matrix{ 0\cr 1} \right)
\end{align}
と表した場合、スピン角運動量は次のような行列で表すことができるよ。
\begin{align}
\hat{S}_x &= \frac{\hbar }{2} \left(\matrix{ 0 & 1\cr 1 & 0 } \right) = \frac{\hbar }{2}\, \sigma_x \\
\hat{S}_y &= \frac{\hbar }{2} \left(\matrix{ 0 & -i\cr i & 0 } \right) = \frac{\hbar }{2}\, \sigma_y \\
\hat{S}_z &= \frac{\hbar }{2} \left(\matrix{ 1 & 0\cr 0 & -1 } \right) = \frac{\hbar }{2}\, \sigma_z
\end{align}
この $\boldsymbol{\sigma} \equiv (\sigma_x, \sigma_y, \sigma_z) $ がパウリのスピン行列と呼ばれ、元の交換関係を満たすよ。
そして、このパウリのスピン行列はエルミート性とユニタリ―性を満たし、さらに
$|\boldsymbol{\sigma}|^2 = \sigma_x^2 + \sigma_y^2 + \sigma_z^2 = 1 $ を満たすよ。